2016年6月30日木曜日

日和田山カメラ山行・5/31


金毘羅神社鳥居前に設置された展望図台
下段左:北向地蔵(岩舟地蔵) 下段右:五常の滝

1997以来 画像サイズを決めていたものの、通信速度が速くなった現在ではやはり小さい。
なので、今回から600×450pixで掲載。

来年度、大改訂を控えている昭文社のエリアマップ『奥武蔵・秩父』。先日、日和田山に取材に出かけたものの、如何せん天気に恵まれず写真の画像が暗くなってしまったことは否めない。マップに付録する小冊子も来年度版から写真が増えるということで、メイン画像だけではなく新たに分岐点の写真が加わるわけだが、明るい写真のほうがやはり良いに決まっている。勿論、すでにPCに保存してある画像もあるのだが、コース上の道標なども新しくなっているし、再度撮影するにしても天気の良い日を待つしかないだろう。この日、朝方は曇り空であったが、10時頃から晴れるとみて車で関越道をひた走る。小冊子に推奨コースとして収録予定の日和田山・物見山のコースは、北向地蔵を経由して関ノ入林道から五常の滝を経て武蔵横手駅にでるので、電車を1駅利用するつもりなら巾着田に駐車すれば良い。巾着田駐車場は一日停めて500円で、都内の駐車事情からすると格安にも思える。そして駐車場から高麗本郷の交差点にでてコンビニに立ち寄り、まずは日和田山の登山口へと向かう。じつのところ、日和田山登山口にも民間の駐車場300円があるのだが、ピストン山行ならともかく、電車利用の周遊コースとするなら巾着田駐車場のほうが便利なのだ。

そうして1000に駐車場をスタートしたのだが、今回は行程時間もそうとう当てにならない。(いつもかも知れないが…)というのも、この季節は天気が良いと、日和田山は近所の保育園から始まって県内の小中学生が次々と野外研修に訪れる。平日だからと高をくくっていたら子供たちが順次登って来て写真を撮るどころではなかった。まず金毘羅神社の大鳥居を潜って男坂へと向かうと路傍に滝不動の祀られた水場がある。すでに滝の体裁は保たれていないように思うが、『登山地図帳23・奥武蔵』(昭21)坂倉登紀子著に「清浄の滝」とあるのがこれだろう。男坂を登り始めると上の方でもガヤガヤと子供たちの声がする。金毘羅神社の広前は子供たちで溢れていたが、こうなると風景写真も彼等がいなくなる合間を見計らって撮影しなければならない。神社前の岩場で引率する先生の「皆さん、頑張って男坂を登ってきたので、ご褒美にこの景色の良いところで休憩にします」という台詞に言葉を失うが、先生はもちろん間違ってはいない。むしろ先生にしてみれば、小学生たちの中で憮然としている大男のほうが怪しい存在なのだろう。しかも後方から登ってきた別の学校の生徒まで行き交うものだから、金毘羅神社から巾着田を撮影するのに1時間。さらに日和田山山頂に到着して宝篋印塔から日高市を望む風景を撮影する頃には、時刻も1200過ぎとなっていた。

日和田山を辞した後は静かな山歩きとなった。自然遊歩道となる尾根道は、注意深く見てみると旧道とは少しずれている箇所もある。恐らく道が拡幅された際に直線的になったものだが、つい石仏や道標の一つもないかと藪の中を覗いてしまう。そして使われなくなった高指山のNHK電波塔を横目に見て駒高集落へ出る。少し余談になるが、陽山亭のある黒山の地名は高座ス(タカザス)で高い所にある耕地という意味なのだが、高指山の場合は地名ではなく山名なので同じ意味とは限らない。だが、古代寺院の遺跡でもあることから、(高山不動の伝説もある)往昔より人々の営みが連綿と続けられてきたことは確かだろう。駒高集落は本コースでは見せ場といっても良い展望もある。ただし、昭和の時代に設置された展望台は流石に老朽化した感があり、隣接する公衆トイレも古く、女性の場合は利用をためらうだろう。その先の「ふじみ屋」も年中オープンしているわけではないので、休憩ポイントの改善を望みたいところ。ハイカーはかまわず先を急ぐが、安州寺周辺の風情はなかなかに良い。とくに現在は物見山からの眺望が殆んどないので、一休みするなら駒高集落の方で休憩することをお薦めする。

旧道を行くのであれば、駒高集落から小瀬名集落へと繋ぐ立岩坂を行けば良く、わざわざ物見山を経由する必要もないのだが、駒高集落の辻に建立された石仏から察するに、物見山を経て宿谷集落へ向かう道も古くからあったのであろう。山頂近くの路傍には七柱が鎮座するお社があるのだが、祀られているのは七社様なのだろうか?ともあれ、ここを過ぎればすぐに「物見山」の標柱のある山頂に至るが、前述のようにすでに眺望はなく、西武球場ドームがわずかに顔をのぞかせているに過ぎない。時刻は1300となっていたが少し休憩しただけで北向地蔵へと向かう。物見山から宿谷への分岐、いわゆるヤセオネ峠はすぐである。わざわざ峠を冠する必要もないと思うが、ハイカーはそれでは済まないものらしい。まだ展望のあった頃には四阿も設けられたが、現在は朽ちてテーブルとベンチだけが残っている。しかしそれを利用する者もいないだろう。鎌北湖と同じように宿谷の滝も寂れてしまい、近頃では宿谷の滝を経由して登ってくるハイカーもあまり見かけないからだ。因みに、前述の『登山地図帳23・奥武蔵』では(ヤセオネ峠なる名称はまだ用いられていない)、宿谷の滝から高麗神社、そして聖天院から高麗駅へのコースを紹介している。

ヤセオネ峠を過ぎると立岩周辺の木々が伐採されて少しだけ明るくなっていた。そして小瀬名集落にある茶店の廃屋をやり過ごし、林道権現堂線を跨いで北向地蔵へと向かう。北向地蔵(岩舟地蔵)の上のちょっとしたピークには丸太ベンチがあるので、ここで20分ほど休憩するが、とくに眺望があるわけでもない。一般に北向地蔵という名称は、日本三大地蔵の栃木県高勝寺の岩舟地蔵に対して正面するからとされている。しかし、寺社仏閣が南向きであるのに対して北を向いていることから、奇をてらった石仏としてそう名付けられたもののように思う。また天明六年(1786)に建立されていることから、天明の大飢饉と結びつける者も多い。だが、そもそも「岩舟地蔵尊念仏供養塔」と刻まれているのだから、岩舟地蔵への信仰よって極楽浄土へ行くための念仏供養であり、そのモニュメント的な石仏である可能性が高い。岩舟地蔵信仰は天明より前の享保四年から十年(1719-25)にかけて関東地方で爆発的に流行した踊り念仏である。近隣においても天明の大飢饉や浅間山の大噴火による天変地異で石仏などを建立したという例はないが、飯能市には享保年間(1716-36)に岩舟地蔵が建立された例が精明地区にある。大乗の教えはともに彼岸(悟りの世界)に渡ることであるから、極楽浄土へ渡ることを具現化させた岩舟地蔵が、北を向いて南の山並みを背景としていても違和感はないはずだ。由来などに拘るよりも、むしろ背後の山並みを一望できるように望みたい。

この北向地蔵には覆屋がありお堂のようになっているものの、毛呂山町権現堂地区の三堂とは権現堂の観音堂と中野の薬師堂、それに土山の地蔵堂をいう。このうち、権現堂発祥の地に近いのが観音堂であるが、戦後すぐの不審火により焼失して今はない。北向地蔵からユガテ集落に向かう道をとって歩くと、程なくして土山集落とユガテ集落の分岐となる。そしてこの分岐を南に向かえばすぐに土山の愛宕地蔵尊のお堂がある。以前は土山集会所とともにあったそうだが、お堂のみが再建されて現在に至っているという。すでにこの集落にも眺望はなく、お堂の下の道路に設置された真新しい道標に従ってさらに下る。すると再び林道土山線とぶつかるので、未舗装の道を五常の滝方面へと向かえば良い。やがて林道中野線と道を交えるが、将軍標の指導標は日高市観光協会のものである。つまり、五常の滝の切通しまでは毛呂山町に属しているというわけなのだ。ここでは五常の滝についても何度か説明しているが、武蔵野合戦の際に高麗一族が滝に打たれてから戦いに臨んだとされており、五常は儒教で説く五つの徳目である仁・義・礼・智・信を指す。が、勘違いをしてはならないのは、ここでいう高麗一族とは丹党秩父基房の子・五郎経家が高麗郡に来住して高麗氏を名乗り、さらに後裔が分かれて加治氏や中山氏となる一族のことである。

したがって飛鳥時代の高麗王若光とはつながるはずもないので、儒教の徳目を持ち出すには些か無理があるのかも知れない。『新編風土記稿』は横手村の旧家者として山口氏を挙げていて、かつては小田原北条家に仕えていたと記している。五常の滝からは関の入沢に沿って進み、丸木橋を渡って林道に戻る。あとは林道関ノ入線を歩いて行けば国道299号線へとぶつかり、国道の向こうには西武線の駅舎が見えるだろう。そうして、一通りお浚いをしながらカメラを片手に散策し、武蔵横手駅に到着したのが1530のことで、16時前には再び巾着田駐車場へと戻った。小冊子の写真要件は明るくコースのハイライトとなる場所の画像と五常の滝。しかし車で来たついでに聖天院と高麗神社に立ち寄って写真撮影。現在のデジカメは画素数も大きく、以前撮影した画像と比較しても新たに撮影したものの方が良い。今までは記録的に撮影することが多かったが、カメラ好きの会員さんがベストショットを追い求める苦労が少しだけ分かった気がした。

梅雨時期というわけでもないが、この6月はついに奥武蔵に出かけることができず、自宅近くでのランニングを専らとしていた。本当なら堂平山の籠岩が湿っているところでヒカリゴケを確かめたいところだが、一人の気軽さからか日程調整も適当で延期ばかりしている。ところで、今週末は有馬の大渕を清掃する予定なので、できれば龍神様の霊威を感得できればと思う。今回は報告がだいぶ遅れてしまったが、今後もマイペースの更新となりますのでご容赦を。

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